タイムマシンがあったなら。

 拝啓 Aさん。寒さが身にしみる季節になったね。お元気ですか?

お元気ですか?なんて言ったところで返事が返ってこないのは分かっているけれど、

だからこそ、インターネットの虚空に心の奥底にしまった叫びを放り投げたいこと、あるだろう?

まあ、そういうわけだ。ちょっとばかり弱音を吐かせてくれよ。

 

 君に出会ったのは高校の入学式だったね。たしか君は、僕の前の席に座っていて、同じ中学から来た友だちと話していたっけ。

 

その姿が荒野に咲くスミレの花のようで思わず僕は一目惚れしたんだ。

高校生活が始まってしばらくすると、チラホラとカップルができ始めて、君は2年生の先輩と付き合い始めたワケだけど、アレは結構心にきたのを今でも覚えているよ。

 

 そこで先輩から君を奪うような意気地は無かったし、仮にもし付き合えても食事デートで奢ってあげたり、一緒に買い物をしに行ったり、そういう事に回せるお金が無いから一度は諦めたんだ。

知っての通り、僕の実家は漁師で年がら年中ビンボーだから。

 

 だからいつかちょっとは格好つけられるくらいには稼げるようになろうと思って、死ぬほど勉強したんだ。それで分不相応だけどハーバードまで出たんだ。

 

けど、金を持ってるだけの成金野郎になりたくなかったから、本当は嫌いなのにトルストイを読んだり、芸術に親しんだり、君が「将来行ってみたいな〜」って言ってたのを聞いて必死にフランス語やドイツ語までマスターしたんだ。いつか君に釣り合う男になりたくて。

 

 いつか帰国した時に送ったタイムズスクエアのスタバのタンブラー、君が欲しいってFacebookに投稿していたから開店の5時間も前から並んで買ったんだ。

真冬のニューヨークは寒いんだ。そういう僕なりの努力、君は知らないだろう?

 

 そんなこんなで不器用なりに色々頑張ってようやく君をご飯に誘ったあの日の返事は「彼氏いるから。」だったね。

その後ブロックされちゃって、アレが君と交わした最後の会話になるだなんて、僕の努力は一体何だったんだ。

 

 今さら年甲斐もなく君を口説こうなんて思っちゃいない。ただ「頑張ったね」って言ってくれれば全部報われるのに、あんまりじゃないか?

 

 人づてに聞いたんだけど、そんな君も結婚するらしいね。

相手は細身で長身の職場で出会った先輩看護師と聞く。そんな話を聞きながら「おめでとうと伝えてくれ」って言っていた私が心密かに涙を流していたのを君は知らないだろう?

 

 僕はどこで間違えたのか。最近そんなことばかり考えているんだ。ハーバードに行ったことだろうか?東大に行ったことだろうか?

答えは出ない。答えが出ないから余計にそれを考えてしまう。勉強してきて身についた悪い習慣だね。

 

 だから、タイムマシンが発明されたら高校生の僕に勉強の方面での努力の無意味さを伝えたいと思う。のちにハーバードで学位を取れる頭の良い子だから直ちに理解して、きっとお笑いなりスポーツなり別の方面にリソースを割いてくれるだろう。そうすれば未来の僕はこんなに苦しまずに済むから。

 

 最後になるけど、結婚おめでとう。どうかお幸せに。僕は夢の残骸をまとって僕の道で頑張るよ。いつかタイムマシンが発明されるその日まで。

 敬具